2010年12月20日

"たむらぱん「ナクナイ」タワレコインストアライブ"の感想

たむらぱん3rdアルバム『ナクナイ』のインストアライブに行ってきました。

ナクナイ
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新宿のタワレコで行われたインストアライブ。
普段こういうところに行き慣れていないぼくですが、
まあイベントスペースが人でいっぱいでした。

セットリストはたぶんこんな感じ。

バンブー
ごめん
ズンダ
ラフ
フレフレ
(順番とか曖昧です。。。)


10月に行われたインストアイベントでは、3人編成でのライブでしたが、
今日はたむらさん一人で行う形でした。
基本的にはカラオケにキーボードと歌を入れる感じでしょうか。
1曲目のバンブーではゆっくり歌いすぎてカラオケに置いて行かれそうになってました笑

特に素晴らしかったのは最後の「フレフレ」ですね。
この曲は唯一弾き語りで歌ってくれた曲で、曲の前のMCも良かった。

この日のMCの一部

「こんにちは"たむらKARAぱん"です。
 …あれ? いや、そこにKARAのポスターがあったから。。。」
(登場していきなり一言)

「いやー、自分で言うのもなんなんですけど、『愛は表現だよ』っていい言葉ですよね?」
(「ごめん」が終わって一言)

「今、最後のところ、"ぶるっ"ってしました」
(「ズンダ」のラストで会場からの「あー!」を聴いて)

なんとなく分かると思うんですけど、この人面白いです。


3rdアルバム『ナクナイ』は初回限定盤にはライブDVDが入っています。
これは今のうちにゲットするしかない!



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posted by 市村 at 16:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月26日

"たむらぱん『ラフ』"の感想 〜そんな気持ちになったら〜

みなさん、傘の占領面積に納得がいっていませんか? 市村です。
先日、たむらぱんのタワレコで行われたインストアライブに行ってきました。
僕の勘違いでCDの入手が2日ほど遅れてしまったのですが、
まだ余りがあったみたいで入場券を手に入れることができました。
単純に嬉しい反面、一日で無くならないことをちょっと残念に思いながら、
当日は楽しんでまいりました。

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roughとlaugh

というわけでニューシングルが発売され、イベントに参加してきたわけですが、
この新曲「ラフ」がまた素晴らしい出来で感動してしまいます。
この曲名の「ラフ」という単語、単純に"粗く・大雑把"な意味のroughでもありながら、
どうやら"微笑"を意味するlaughのラフでもあるみたいですね。
そしてサビ末の『ふらふらふらふ』と、
デビューから随所に言葉遊びが見られたたむらぱんの曲ですが、
この曲も思い切り言葉を遊び倒していますね。

たむらぱんの魅力

『ちゃりんこ』という曲で彼女を知って、存分にハマってしまった僕ですが、
彼女の魅力はいったいなんなのでしょうか。
バラードとポップソングを歌い分ける歌唱力もあれば、
単純にメロディーメイカーとしての才能も大いに感じられる彼女。
でも僕が一番惹かれてしまうのは、そのスタンスにあるのかなと思います。

肯定の歌

たむらぱんの曲に一貫しているのはそのテーマが"肯定"にあることかなと思います。
ここ最近のシングルだけを見ても、
『バンブー』は"日常の肯定"、『マウンテン』は"夢の肯定"、『SOS』は"できないことの肯定"に感じられます。
そんな中で今回の『ラフ』はそれこそ"頑張らないことの肯定"のようで、
まさにたむらぱんの集大成的シングルのように思いました。

「頑張らないことを肯定していいの?」
こう思うのは当たり前かもしれません。
でもこれは頑張ることを否定した上に無いんですよね。
「頑張ってもいい。でも頑張らなくてもいいんじゃない?」っていう。
思えば「頑張れ」っていうメッセージはある種の否定ですよね。
「今のままじゃダメ」だから「頑張れ」って言うわけでしょう。
そう考えると彼女が「頑張れ」を歌わないことの理由が分かるような気もします。

いつ気づいてくれる?

時に、自分の応援しているアーティストに対して「売れて欲しくない」と言う人がいますよね。
どこかで所有感を感じでいたいという気持ちは僕にも分かりますし、当然の感情かもしれません。
でも僕はたむらぱんに関してそういった感情がひとつも湧かないんですね。
逆に「早く売れて欲しい」、「沢山の人に聴いて欲しい」と。
やはりそれは彼女のポップソングが健全な素晴らしさを持っていると思うからです。
氾濫したラブソングや単純な"応援ソング"と呼ばれているものの中で、
ポップソングのメッセージとして、しごく真っ当なものを彼女は含めていると思うんです。
そういう意味でたむらぱんの曲が売れて欲しいと素直に思ってしまいます。



さて、このシングルですが、初回版を買うとDVDが付いてくるのですが、この中のPVがまた秀逸ですよ。
中で三つ編みをした少女が出てくるのですが、顔の前面も背面のように三つ編みになっている。
これに対して彼女は、
「三つ編みがみっつあるんですよ。"みっつ編み"なんですよね(笑)」
このセンスに共感できるのなら、今すぐ購入して間違いないと思います。
共感できない人は、、、やっぱり購入して間違いないと思います。



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posted by 市村 at 16:02 | Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月28日

"たむらぱん『SOS』"の感想 〜J-POPへの提言〜


SOS(初回限定盤)(DVD付)

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  • アーティスト: 田村歩美
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  • 発売日: 2010/07/21
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みなさん、いろはすのみかんに違和感を感じていますか? 市村です。
今日、たむらぱんをiPhoneで聴いていたのですが、相変わらず素晴らしくて。
新曲がどうしても聴きたくなったので、iTunesストアでダウンロードしてみました。
シングルを買ってしまうと1000円くらいかかるところが、
1曲200円で買えるってことに魅力を感じる反面、
歌詞カードやアートワークが無いってやっぱり少し寂しいものかもなと思います。
そんなこんなでたむらぱんの新曲『SOS』の感想。

この『SOS』という曲はドラマ『もやしもん』のタイアップがつき、
また知名度をある程度あげる曲にはなると思います。
が、しかしこの曲を聴いて僕は思いました。
またものすごい曲を出してしまったなと。

そもそもたむらぱんは巷ではポップシンガーとしてその名前を広めようとしていますが、
彼女の魅力はそのポップの仮面の一枚下にある毒の部分だと思うんです。
遊んでるような歌詞に見せかけて、強烈なメッセージを含ませていたり、
陽気なメロディラインの後ろでリズム隊が大暴れしていたり。
そんな彼女について僕が下した結論は、
"たむらぱんは『たむらぱん』という名前のバンド"だということ。
彼女自身、『たむらぱん』を「田村歩美のソロプロジェクト」と呼んでいるので、
あながちこの解釈は間違っていないんじゃないかと。

それでもってこの『SOS』という曲ですが、曲のテーマが「頑張れ」なんですよね。
この「頑張れ」って、僕は相当重いテーマだと感じて。
彼女も曲の中で歌っていますが、
「頑張れ」と「頑張る」ってめちゃくちゃ違うものなんですよね。
他人に「頑張れ」って言うのは凄く簡単だけど、
自分が「頑張る」ってことはものすごく大変なことで。
それを彼女は分かった上で「頑張れ」をテーマにしていると思うんです。

そもそもJ-POPって「頑張れ」が溢れすぎてると思うんですよ。
そしてそれは「頑張る」ことの大変さには触れない「頑張れ」で。
そんな中でたむらぱんは「頑張れ」という言葉の価値を、
もう一度定義し直そうとしているんじゃないかと。
「頑張れ」の持つ残酷さや大変さを認めて。
それでも言うのなら「SOS」は許せよって、そういう曲なんじゃないかと思うんです。

たむらぱんの曲はとてもポップでキャッチーな曲が多い中で、
一方でその中身が相当濃い作品ばかりです。
そんな彼女が単純に売れて人気が出ることを切に願いながら、
応援していきたいと思います。








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posted by 市村 at 18:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月14日

"マジックディスク"の感想 〜過去と現在のアウフヘーベン〜


マジックディスク【初回生産限定盤】

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  • 発売日: 2010/06/23
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みなさん、マジックディスクでカラスを退治していますか? 市村です。
高校のときに友人に貸してもらった『崩壊アンプリファー』。
それから僕の青春を掻っ攫っていった
ASIAN KUNG-FU GENERATIONの6thアルバム『マジックディスク』が発売されました。

とりあえず音楽についての評価は3回聴いてから決めてことにしているのですが、
もはや10回以上聴いて、僕の抱いた感想。
それはこれはアジカン至上最高のアルバムかもしれないと。
そもそも先行シングルからその予感はひしひしと感じていました。
時代に向けて大きなメッセージを打ち出した『新世紀のラブソング』、
そしてゴッチ自身最高傑作と言わしめる『迷子犬と雨のビート』。
この大きな意味を持つ2曲が未だ見ぬアルバムを一つの方向へと導いていました。
それが僕の感じた"過去と現在のアウフヘーベン"というテーマです。

アウフヘーベンとは。
日本語で「止揚」とも訳されるこの言葉。
哲学においてのヘーゲルの弁証法では、
ある命題(テーゼ)に対する否定(アンチテーゼ)が存在し、
その二つは否定を否定した命題(ジンテーゼ)によって高次元で本質的に統合される。
アウフヘーベンは否定の否定をする際に、古いものが全面的に捨て去られるのでなく、
古いものが持っている内容のうち積極的な要素が新しく高い段階として保持される。
一見すると否定の否定は単なる二重否定、すなわち肯定のようにも考えられるが、
しかしアウフヘーベンにおいては、正のみならず、正に対立していた反もまた保存されているのである。
(Wikipedia参照)

少し難しいことを書いてしまいましたが、
アジカンが言いたいのは、つまりは"従来の否定"と"現在の肯定"。
そしてそれらを高次元で統合した"未来の提示"なのです。

まず、このアルバムは『新世紀のラブソング』というビッグタイトルから始まりを告げます。
この曲こそがまず最初のテーマである"従来の否定"を含んだ歌です。
「ほら君の涙/さようなら旧世紀/恵みの雨だ/僕たちの新世紀」
何もなかったように続いていくこの日々を、もうやめにしないかと。
なんだかよく分からないものを鳴らして、なんだかよく分からないものを愛と呼んだ。
そんなのはもうやめにして、新しい新世紀の愛を歌おうじゃないか。
『新世紀のラブソング』はそんな曲だと思います。

それから4曲目まで、この"従来の否定"は続いていきます。
『マジックディスク』は時代に否定されつつあるCDのことを歌いあげ、
「いまひとつ抑揚のない日々に魔法を仕掛け」ます。
『双子葉』では日々の降り積もりがきっと芽を出すことを祈りつつも、
「何気ないこの日々がかけがえないこと」を口にすることを否定します。
2曲とも冴えない日々という"従来"を含みつつ、それが"変わる"ことを願う曲になっています。
4曲目の『さよならロストジェネレイション』はそれこそ前半の集大成のような曲で、
「暗い」「辛い」などのネガティブな時代は「もう終わりにしよう」と、ストレートに言っています。
つまり前半の4曲のテーマは"従来の否定"で統一されているのです。

そして迎える『迷子犬と雨のビート』。
この最大級の"現在肯定賛歌"が5曲目に待ち構えています。
散々否定してきた過去とは対称的に、
「僕たちの現在を/繰り返すことだらけでも そう/いつか君と出会おう/そんな日を思って日々を行こう」
この曲では今まで否定してきた"日々の繰り返し"を全肯定しているんですね。
つまりはここで歌われる"現在"とは"過去を否定した上での現在"ということ。
言わば『新世紀のラブソング』内で歌われていた「僕たちの新世紀」のことでしょう。
それを繰り返すことが喜びであり、そんな日を思って日々を生きることを肯定している。
それが、このアルバムの中心に位置する『迷子犬と雨のビート』という曲なのです。

"従来の否定"、そして"現在の肯定"。
これらを前半部で表現した、このアルバムの後半では"未来"について語られます。
ここで一貫して語られるのは、「いつか」というキーワードについてです。
『青空と黒い猫』では「誰のからだもいつかなくなって」、
『架空生物のブルース』では「いつか空を飛ぶ日を思う」。
『マイクロフォン』は「いつかは星空で光る夢を見る」、
『ライジングサン』は「いつか大人になった」。
つまり後半の曲ではついに"未来"について歌っているんですね。

では、その"未来の提示"とは一体どのようなものなのか。
それが最後の曲である『橙』で歌われます。
「混ざり合って/笑い合って/混ざり合って行くよ」
この「混ざり合い」とは、一体何と何の混ざり合いなのでしょう。
僕にはそれが"過去"と"現在"の混ざり合いのように思えて仕方ありません。
つまりは"否定した過去"と"肯定した現在"。
その二つを混ざり合わせた、高次元の統合された"未来"。
それがアジカンの提示したかった"新世紀"なのではないでしょうか。

"過去"を否定し、"現在"を肯定し。
しかしその"現在"さえも永遠には続かない。
そこで提示するのは二つを統合した"未来"。
前作『ワールドワールドワールド』では"世界"を歌ったアジカンが、
今作では更に広い"時代"を歌い上げた。
そんな彼らがポップソングによって提示した"未来"に、
僕の体は「踊るしかないさ夜明けまで/ここで燃やすほかはないトゥナイト」なのです。













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posted by 市村 at 23:09 | Comment(4) | TrackBack(1) | 音楽の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月06日

"神聖かまってちゃん"の感想 〜僕はこれをロックだとは認めないっ〜

みなさん、耳の中で「ねるねるねるね」が鳴り止みませんか? 市村です。
先日、羽海野チカや小島慶子のインタビュー目的で購入したQuickJapan
その表紙で特集されていたのが今をときめくロックバンド、『神聖かまってちゃん』でした。
ネット上で自らPVを作成し、自らの動画配信で曲を発表するかまってちゃん。
この新しい"ロック"の形が、QuickJapanの目に止まったのでしょう。
インタビューを配信するというまた新しい形式で、彼らは紹介されていました。

僕としてはウワサを聴いて『ロックンロールは鳴り止まないっ』を聴いたことはあったものの、
彼らの配信している動画というのは観たことがありませんでした。
その時点での印象は歌い方は別として、綺麗なピアノのリフレインだなと。
曲としてはメロディも含めてまあまあ好きな部類に入るものでした。

そして昨日、「そういえばどんな動画を配信しているのだろう」と気になってYouTubeを検索。
出てきたのがこの『の子のドキュメンタリー』という動画。



これを僕は"ロック"とは認めたくない。
そう感じたのが、正直な僕の感想です。
他の動画も拝見しましたが、パソコンを破壊したり、街で大声で歌ったり。
「ロックの学園」というイベントでは他の出演者のステージに乱入したりもしていました。
その動画に書き込まれるコメント。
「すげー痛快」だとか「鳥肌たった」とか。
これが求められているのことに驚きつつも、
僕はどうしてもこれを"ロック"だとは認めることができませんでした。

"破壊"。
それがロックの一部分であることは否定しません。
そこにあった既存の何かをぶち壊すものが正しい姿だとも思いますし、
僕自身、"ロック"という表現方法で「殺された」と実感したことすらあります。
しかし、同時にそこに存在していたのは「生まれ変わった」という実感。
つまりは"構築"がその中に内包されていたのです。
既存物を破壊して、そこに新たな"価値"を創造する。
殺されて、同時に生まれ変わらされる。
それが僕の中で"ロック"という表現でした。

じゃあかまってちゃんのそれはどうか。
僕にはどうしてもそれが"構築"を伴った"破壊"だとは思えないのです。
今までの自分を捨て去って、新たな自分を芽生えさせてくれる、
そんな表現だとは思えないのです。
それは「ただ破壊しているだけ」、「ただ殺しているだけ」。
ある種の表現的愉快犯だとしか思えない。

以前、ロックというものは武器であったと言います。
それは世論に向けてのアンチの精神から生まれたものだと。
ともすれば"既存の否定"というのは正しい姿ではあると思います。
しかしそこに新たな価値という代替物が無ければ、
それはそこらのチンピラとなにも変わりません。
言ってしまえば"否定"や"破壊"なら誰にだってできる。
だから僕はステージ上でパソコンを壊すことにロックを感じることはできないのです。

僕の思う"ロック"は人に届くものです。
それは強いるでなく、媚びるでなく。
ただそこで鳴らしたものを聴いてもらうものだと思うのです。
結局僕が好きな音楽はASIAN KUNG-FU GENERATIONで、
恐らくはそれはすでにロックが"商品"になっていた時代の音楽なのでしょう。
そういう意味で僕の言っていることは"ロック"という文脈で見たら間違った考えなのかもしれません。
でも、もしそのただの破壊が本物のロックだというのなら、
商業主義に成り下がったニセモノのロックの方が、僕は好きです。



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posted by 市村 at 13:34 | Comment(8) | TrackBack(0) | 音楽の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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