2014年01月26日

「雨ン中の、らくだ」の感想 〜談志を語ることは落語である〜

雨ン中の、らくだ
雨ン中の、らくだ

「雨ン中の、らくだ」を読みました。
内容としては本文にも書いていますが「志らくと談志と、時々、高田文夫」の通り、
落語家立川志らくの"談志と過ごした日々"のような感じ。

実はぼく、落語を聴いたことがあんまりないんですね。
唯一、立川談志と太田光の「笑う超人 立川談志×太田光 [DVD]」を買ったことがあるくらいで。
そういう意味では立川志らくはおろか、談志の落語すらもあんまり知らないって感じです。

でも、立川談志は好きというか、立川談志についての話がすごい好きなんですね。
今までも伊集院光、太田光、それこそ立川談春の「赤めだか」も読みました。
彼らの語る"立川談志"の話がすごい面白くて。
そこには尊敬があって、愛があって、そして彼らの思う"談志象"があって。
「立川談志という人にこんなことを言われた」
「立川談志はこれをこんな風に言っていた」
それについて彼らは溢れんばかりの熱量で、
「それってこういうことだと思うんだよね」って語るんですよね。

それで、志らく師匠の「雨ン中の、らくだ」でこんなことが書いてあるんです。
「落語は解釈だ」「落語は想像力だ」って。
落語というのは同じ話でも噺家によってその細部には違いがあるらしいんです。
「あの人はこの話を感動モノとした語ったが、この人はナンセンスな笑いにした〜」的な。
昔からある話に対して、噺家が自身の解釈を加えてオリジナルの話にすると。

これって色々な人の語る"立川談志"と同じだなと、僕は思うんです。
立川談志という偉人に対して、自分はどう関わり、そしてどう解釈したのか。
それが立川談春の「赤めだか」であり、立川志らくの「雨ン中の、らくだ」なのではないかと。
つまり彼らは"立川談志"という噺を語っているのではないかと僕は思いました。


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posted by 市村 at 19:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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