2013年06月06日

Twitterの手軽さが摘むのは、思考の種が育つ可能性

帰りの電車の中でブログを書くことはできまいか。
そんなことを考えてみたりしたのです。

そもそも今までそれをしなかった理由としては、
なんだかんだで入力の煩わしさがあると。
まあでも考えてみれば、Twitterなんかはボリボリ書いてるわけで。
ブログは書くぞー!っていうどこかで構えちゃう部分はありますけど、
別に構えなくてもブログに書いていいんだよねっていう。

というか最近思うのはTwitterのもったいなさなんですよね。
思考の種がポツンと生まれたとして、
ブログっていうのはそこに水あげて育ててっていうことが必要なわけですが、
Twitterは種のまま出荷することができるんですね。
それがTwitterの最大のメリットであるとは思うんですけど、
一方でそれが奪う何かっていうのもあるんじゃないかなーって。

ぽんって何かを思いついたとして、
それをえいってつぶやけてしまうTwitterですが、
思いついた何かに対して、熟考する時間はそこにはありません。

もうちょっと考えれば行き着いた結論があって、
もうちょっと探せば絞り出せた表現があるかもしれなくて。
種だったものを花にして、木々にして、アウトプットできたかもしれない。
それを手軽さが先立って外に出すことで、種が種のまま晒される。
そういうもったいなさっていうのは、やっぱりあるなーと。

というわけでまあTwitterもいいんだけど、
もうちょっと文章をゴネゴネこねるってこともまたしたいと思って。
なんだかんだで自分が楽しいってことなんですけどね。
ほほほ。



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posted by 市村 at 20:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月05日

誰が読んでくれなくても、自分という読者はいなくなったりしない

ポッドキャストを更新して、少し反響がありました。
期待するほどは聴いてないけど、
絶望するほど聴いてなくはないんだなあ。

また、ザ・インタビューズを久々に覗いたら、
昔の自分が書いた内容に笑ってしまいました。
思ったけど、その記事からしてみたら、今の自分って読者なんだなあと。
書いたときは書き手であることはもちろんなんだけども、
未来の自分ってもはや読み手になっているんだと気づいた。

そう考えるとブログだったり、もっと言えば日記とかもそうだけど、
未来の自分っていう読者は担保されてる。
誰にも見せないって言っても、自分は読むことはできるわけでさ。
そうなると読み手が書き手より減るってことはないなと。
自分が書いて、自分で読むにしたって一対一の数的同数。

ネットで何かアウトプットすると、往々にしてそれが届く数とかが気になるものだけど、
下限を考えれば、なんかそんなにやっきになることでもないのかもなあって。
誰か知らない人が読んだりしてくれて、
それが一人でもやっぱりすげえことだよなあと。

ブログとか、書く意味がどうこうとか考えがちなとこあるんですけど、
やっぱりだらだらとやめないっていうのが一番なのかなって。
まあそんな感じ。



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posted by 市村 at 22:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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